Twitter社の経営再建には何が必要なのか

Twitterが経営難により身売りを検討しているらしい。普段からTwitterを使う身としては気になるので、現状を浅く調べるとともに、彼らは今後どうするべきか軽く考えてみる。

Twitterは間違いなく世界有数の製品だ。一部の人にとってはもはやインフラと言っていいくらい深く浸透している。よほど下手な変更をしない限り、この価値が揺らぐことはそうそうない。
MAUで抜かれたと言って話題になったInstagramも素晴らしいが、ソフトウェアとして解決する課題が違うので直接比較してもしょうがない。

さて、何が問題なのかを探るためにまずはTwitter社のIRを見てみる。

https://investor.twitterinc.com
https://investor.twitterinc.com/annuals-proxies.cfm

まずは、アニュアルレポートのプレゼン資料から。

http://files.shareholder.com/downloads/AMDA-2F526X/2986819348x0x894615/08C76359-8553-4F7A-8678-A7D946DAF55F/Twitter_Annual_Presenation.pdf

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売上は2013年から6.65億ドル、14億ドル、22億ドルと伸びている。かなり順調じゃないか。日本の上場企業で2200億円規模の売り上げを出しているのは東宝、千葉銀行、静岡銀行、スクエニ、ミニストップなどであり(参考:上場企業 売上高ランキング)、グローバルIT企業として十分大きくはない。

次はMonthly Active UsersとARPU(ユーザ一人当たりの広告収入)。

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両方とも完全に伸び悩んでいる。2014年Q3からこの調子なので、2016年は売り上げ自体も伸び悩むことが予想される。

一人当たりの毎月の広告収益は1.51ドルということで、みんなが150円払ってツイッターを使っているのと同じだけの広告収入がある。感覚的には妥当な水準だと思う。

プレゼン資料ではなくアニュアルレポートも見てみよう。

http://files.shareholder.com/downloads/AMDA-2F526X/2986819348x0x886152/3FBBB0EC-FDF0-41D2-9C4E-A06AE8B1D1E5/2016_Twitter_Annual_Report.pdf

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純損失を見ると、2013年からマイナス6.45億ドル、マイナス5.77億ドル、マイナス5.21億ドル。毎年売上高に対して大きな損失を計上してきたことがわかる。売上に対する純損失率は2013年はほぼ100%、2015年でも約40%。

Research and Developmentは主に開発のための人件費に由来するらしい。8億ドルの費用。仮にこれが社員は3898人いるので半数がエンジニアだとすると2000人。単純に割ると一人4000万円のコスト。実際の給与はもっと安いと考えるとシリコンバレーのトップ企業としてはあながちおかしな水準でもないのかもしれない。また、セールスとマーケティングにも8.7億ドルかけている。

費用の総計は26億ドルということなので、開発とセールス・マーケティングがその多く(17億ドル)を占めている。

バランスシートも見てみよう。

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2015年末時点での総資産は64億ドル。負債総計が20億ドルとあるのでまだ44億ドル程度は純資産があったということだろうか。そう考えると経営的に存続がすぐヤバイというわけでもなさそうに見える。このままマイナス5億円が続いていくと10年持たないけど。

ここまで浅く決算資料を見てみたが、問題は大きく「純損失が大きいこと」「MAUとARPUが伸び悩み売上が停滞しそうなこと」の2つだろう。

ただ確かに赤字は大きいが、身売りを考えるほどではないという印象を持った。素晴らしい製品を持っているので、エンジニアとデザイナー中心の素晴らしい企業文化を長期的に作っていければ、そんなに経営が難しい会社ではないように思える。

現実的に考えると、彼らが業績を改善するために取れる戦略は3つしかない。

  1. コストの削減
  2. ツイッター自体の収益性を改善する
  3. ツイッターをベースをした間接的なマネタイズ

まず、コスト削減について。

まず、4000人も社員が本当に必要なのだろうか。以前レイオフもしていたが、エンジニアが半分だとしても2000人もの技術者が必要なのだろうか。

他の事例を見てみる。インスタグラムは買収される時の従業員数は13人(3000万ユーザー)。WhatsAppは9億人以上のユーザーに提供するためのメンバーが50名。どちらも極端に少ない例ではあるが、どちらも世界的に稀な成長を遂げたサービスだ。

赤字のサービスに2000人もエンジニアがいるのは明らかに多すぎる気がする。せめて、エンジニアとデザイナー中心に1000人で運用することはできないんだろうか。レイオフやばいけど。

セールス・マーケティングに使われる8.7億ドルはどうだろう。収益の柱が広告なので、世界中にセールススタッフが必要なのはわかるが、妥当な投資額なんだろうか。これは正直全くわからない。比較の対象があればいいんだろうが、面倒なので今回はやめておく。

次に、Twitter自体の収益性を伸ばすことはできるだろうか。これは具体的には「ユーザー数を増やすこと」「ARPUをもっと高くすること」に尽きる。ただ、現状すでにここに注力して失敗しているように見える。何よりこの点に関してTwitter社の人たちが俺より考えてないはずがないので、やはり難しいんだと思う。

そこで考える価値があると思うのは3つ目のTwitterをベースにした間接的な収益化である。

すでに、彼らはデータのライセンス提供などは行っているようだが、自らそれを活用するソフトウェアを開発して企業に提供することはしてなさそうだ。

直接的に比較することはできないが、Peter Thielが投資していることで有名なPalantirはすでに17億ドルの売り上げを記録しているそうだ

Palantirは大量のデータを分析するソフトウェアを政府や金融界などに売るスタートアップ。大量の”社会的なデータ”を保有しているTwitterなら、同じようにしてデータの活用するための組織向けソフトウェアを作ることは不可能ではないはずだ。

犯罪者があらかじめツイッターに書き込むことは少なくないだろうし、消費者向けの製品を持つ会社はマーケティングに役立つ情報が手に入るなら喜んで投資するだろう。

データのライセンス販売による売上があることはアニュアルレポートに書いてあるが、そんなことよりも自分たちでデータを活用するための付加価値を持った製品を開発した方が儲かるんじゃないか。いつも思うのだが、いわゆるビッグデータというものは活用の方向性が定まらない限り全く意味をなさない。

我々スタートアップ業界側としては、Twitter上のデータを利用した「犯罪予見ツール」なり「マーケティング分析ツール」などを開発できれば、買収してもらえるかもしれない。

ウォーレン・バフェットの人生から読み解く米国経済史

バフェットの人生は、世界恐慌以来の米国経済に強く影響を受けており大変興味深い。彼の人生と共に米国経済がどんな流れをたどってきたのかを追いかけてみる。

結構長くなるので初めにざっくりというと、

1930年 世界恐慌直後のアメリカでバフェットうまれる
1956年 独立して投資パートナーシップを運用し始める
1964年 ケネディ大統領の暗殺で市場は低迷、スキャンダルで破綻寸前のアメリカン・エクスプレスに資産の40%を投資
1967年 アメリカン・エクスプレスの投資が大成功。市場の水準が高くなり、年間10%市場平均を上回るとしていた目標を5%に下げる
1970年 市場がピークになり調子が悪いのでパートナーシップを解散
1974年 市場が低迷し嬉々としてワシントン・ポストなどに投資
1976年 同じく破綻すれすれのGEICOに投資
1986年 また市場はピークを迎えバフェットは不調
1987年 ブラックマンデーで市場暴落、コカ・コーラに13億ドルの投資
1999年 ネットバブルについていけず(?)時代遅れと見なされる
2003年 正しさが証明され、中国株のペトロチャイナに投資
2008年 サブプライム・ショック

つまり、市場の流れとしては
1929年 世界恐慌
1964年 ケネディ暗殺で市場低迷
1970年 市場がピーク
1974年 市場低迷
1986年 市場ピーク
1987年 ブラックマンデー
1999年 ネットバブル
2001年 ネットバブル崩壊
2007年 不動産バブル
2008年 サブプライムショック

というのが大きな流れのようだ。

以下はもう少し詳細。

バフェットは世界恐慌による株価暴落から復活しきれてない1930年のアメリカで生を受けた。

9歳の頃には『世界年鑑』なる本を読み込み、世界の都市の人口を全て記録していたという。

11歳で『1000ドル儲ける1000の方法』という本を読み、35歳までにミリオネアになることを決意。

初めて株式投資をしたのは12歳のとき、姉のドリスとともに適当に株を買った。

幼少時は切手や王冠などを収集していたが、このころから「現金の収集」に目覚め、新聞配達などの仕事を始める。

15歳で貯金は2000ドル(現在だと200万円程度)。農地を買って小作人を雇ったりする。

17歳の頃には友人と中古のピンボールマシンを25ドルで買って理髪店に置くというビジネスを考え、複数の理髪店に7、8台を置くまでに拡大する。高校卒業の時点で貯金は5000ドル(現在だと500万円相当)。「株式ブローカー志望」と卒業アルバムに書く。

その時点ですぐにでも働きたかったが、親に説得されて嫌々ペンシルバニア大ウォートン校に行くも中退。地元のネブラスカ大学に入り直す。
そちらはすぐに修了し、20歳でコロンビア大学の大学院に入学(ハーバード・ビジネススクールも受けるが、落ちた)。

コロンビア大学に入った理由は著名な『証券分析』や『賢明なる投資家』を書いたベンジャミン・グレアムが教えていたから。
大学院では圧倒的な成績を残しつつ、図書館で1929年から新聞を全部読むなどしていた。この間もお金を増やし続け、貯金は2万ドル近く。現在の2000万円相当か。

卒業後、バフェットはすぐにでもグレアムの下で働きたかったが、当時ユダヤ系への差別が厳しく、グレアムが反対運動としてユダヤ人以外採用しない方針をとっていたため見送られた。
しょうがないので地元に帰り、オマハ大学の夜間コースで投資について教えたり、父親とバフェット&バフェットという投資パートナーシップを立ち上げる。

しかし卒業から2年後、24歳になる頃にグレアムから連絡があり、グレアム・ニューマン社で働くことに。
働き始めて2年後にはグレアムが引退を決め、バフェットはグレアムのいない会社で働いてもしょうがないので辞める。この時の資産は17万4000ドル。

バフェットはこの時の資産で35歳までにミリオネアにある自信があったので、引退を決意し、オマハに一軒家を借りる。
実際には資産の増加を加速するために身内中心に投資パートナーシップ「バフェット・アソシエーツ」を作り、自身は100ドルだけ出資した。

その後、他人からも運用を頼まれることになり「バフェット・ファンド」を作る。このころ、総額で50万ドル以上を運用していたことになる。現在だと5億円程度だろうか。26歳

29歳でのちの投資パートナーとなるチャーリー・マンガーと出会う。

32歳になるころには預かり資産は400万ドル近くなり、11のパートナーシップ、100人を超える出資者にまで膨れ上がった。それまでのパートナーシップを解散し、「バフェット・パートナーシップ」という1社にまとめた。この時点でバフェットは100万ドルの資産を達成している。また、このころからバークシャー・ハサウェイの株を買い始めた。

34歳、ケネディの暗殺により世間が沈む中、アメリカン・エキスプレスのスキャンダル(大豆油と称して海水を入れた樽を売る)に注目し、資産の40%にも及ぶ額をアメリカン・エキスプレス株に投じる。

35歳でバークシャー・ハサウェイの取締役会長に選ばれる。パートナーシップの資産は3700万ドルに。

37歳、バークシャーの繊維事業が厳しいので保険会社を買収し始める。パートナーシップは好調だったが、市場が高い水準に達していたので目標をその後「年間10%から5%に下げる」ことを宣言。

40歳になり、パートナーへの手紙で「私は今の相場には合ってないし、自分には理解できないゲームをプレイしようとして、これまでの立派な成績を損ねたくはありません。英雄としてやめたいのです」と述べ、バフェット・パートナーシップを解散する。

43歳、社会的に大きな影響力を持つメディア事業に関心を持ち、ワシントン・ポストの株を5%以上取得。
経営者のキャサリン・グラハムとの信頼関係を築いていき、44歳で取締役に。

このころ(1974年)、相場は低迷し、「ハーレムでセックスをしすぎた男性のよう。私の記憶する限り、ベン・グレアムの『シケモク』価格でフィル・フィッシャーの『成長』株を買えるのはこれが初めて」とフォーブズのインタビューで答えている。

46歳のころ、経営不振とトラブルが重なって2ドルまで株価が落ちたGEICOに400万ドル投資。

55歳、バークシャーの繊維事業を閉鎖。アジート・ジャインを採用し、保険事業を中心に据える。

56歳(1986年)、ソロモン・ブラザーズは社員を40%増やしたりして収益が悪化した。バフェットは普通株への転換価格38ドル、利率9%の優先株を買うことに合意し、ソロモンの取締役会入りする。
57歳(1987年)、ブラックマンデーにダウ平均が508ドルという記録的な値下がり。姉のドリスが破産。ソロモン・ブラザーズは7500万ドルの損失。その年末にバフェットはコカ・コーラの株を買い始める。
58歳(1988年)、コカ・コーラへの投資は12億ドル、同社の株主比率として6%に達する。

61歳(1991年)、ソロモンが国債入札のルール違反を犯していたことが発覚する。バフェットは暫定的な会長に就任。事態収束に奔走する。

このころ、ワシントン・ポストのキャサリンがバフェットをビル・ゲイツに紹介し、めっちゃ仲良くなる。

64歳(1994年)、バークシャーと連動するように投資された投資信託を駆逐するため、B株の販売を開始。

67歳(1997年)、再保険会社ゼネラル・リーを220億ドル規模で買収。10年前に投資したコカ・コーラの株は14倍になり130億ドルに増えた。

69歳(1999年)、コカ・コーラによる利益がピークの3分の1まで落ち込み、ゼネラル・リーが詐欺の被害で2億7500万ドルを失う。時代はITバブルでヤフーの時価総額が1150億ドルに達し、バフェットは時代遅れだと見なされていた。

73歳(2003年)、中国経済が急成長しているのを見てペトロチャイナに投資する。

77歳(2007年)、問題児だったゼネラル・リーがバークシャーの保険部門で最も成功した会社に。ダウ平均は史上最高の1万4164ドルに達した。