勝海舟のかっこよさ

以下、氷川清話 (角川文庫ソフィア)からの引用。

(外交に関して)こう言う風に応接して、こう言う風に切りぬけようなど、あらかじめ見込みを立てて置くのが世間の風だけれども、これが一番悪いよ。俺などは、何にも考えたり、目論んだりすることはせぬ。ただただ一切の思慮を捨ててしまって妄想や邪念が、霊智を曇らすことのないようにして置くばかりだ。

人はよく方針というが、方針を定めてどうするのだ。およそ天下のことは、あらかじめ測り知ることができないものだ。

いくらのみ取りまなこで天下の大機を見たとて、見えるものではないよ。いくら物事にこせこせして働いても、仕事の成就するものではないよ。功名をなそうという者には、とても功名はできない。きっと戦いに勝とうというものには、なかなか勝ち戦はできない。これらはつまり無理があるからいけないのだ。ぜんじつめれば余裕がないからのことよ。

困苦艱難に際会すると、たれでもここが大切の関門だと思って一所懸命になるけれど、これが一番の毒だ。世間に始終ありがちの困難が、一々頭脳にこたえるようでは、とても大事業はできない。ここはシナ流儀に平気で澄ましこむだけの余裕がなくてはいけない。そう一所懸命になっては、とても根気が続かん。世路の険悪観来たって、坦々なる大道のごとくなる、練磨と余裕とが肝要だ

人間は、難局に当たってビクとも動かぬ度胸がなくては、とても大事を負担することはできない。今のやつらは、ややもすれば、知恵をもって一時のがれに難関を切りぬけようとするけれども、知恵には尽きると気があるから、それはとうてい無益だ

むやみに神経を使って、やたらに世間のことを苦に病み、朝から晩まで頼みもしないことに奔走して、それがために頭がはげ、ひげが白くなって、まだ年も取らないのにもうろくしてしまうというような憂国家とかいう者には、おれなどはとてもなれない。

むやみやたらと計画を練ったり、無駄な努力にあくせくすることを否定し、物事をありのままにみよ、という感じ。かなり特徴的な考え方だと思う。勝海舟自身は、若い頃に武術と禅の修行をかなりやったらしく、その2つが人生で一番身になったと言っている。

「近頃の若いもんは」的な言い回しもかなりあったので、バイアスかかってる部分もあるかもしれないが、安易な「努力」に逃げそうになりがちな人にとってはこういう考え方を知っておくのは良いかも。
西郷隆盛をものすごく高く評価しているのが印象的だった。