将来、めっちゃ生産性が上がったらどうなるか

人類の歴史は、テクノロジー発展による生産性向上の歴史でもある。
古くは稲作や酪農など食料生産ノウハウから始まり、兵器や工芸品、アートや科学の発展により生活を向上させてきた。

今、夜でも明るく、あったかいご飯を炊けるのは、気づかないうちに歴史の上に立っているからだ。

そして今、人類の大きな武器であり、技術の発展それ自体をもたらしてきた「論理演算能力」がコンピュータによってかなり代替された。ほとんどの仕事がコンピュータで頑張れば自動化できる時代に来ている。

注目されているのは自動車の自動運転だけど、その気になれば食料生産、農林業、工業生産などなど、「毎回決まったオペレーションが必要な仕事」であれば、その気になれば完全に自動化することが不可能ではない時代。

それを阻んでいるのは社会そのものだけであって、既存の産業で働いてきた人たちが「自動化」に舵を切ったら、そう長くない時間にほとんどの仕事が機械で完結できる世の中になる。

そうすると、社会が回るのに必要な労働者の数が、今よりも圧倒的に少なくて済むようになる。

悪い言い方をすれば「ほとんどの労働者が失業」するが、良い面から見ると「働かなくても回る社会」が到来することになる。

つまり、全員が働かなくても、食べたいものを食べ、良い家に住み、行きたい場所に行くということができる世の中になるわけだ。うまく富を分配すれば。

すると、「わざわざ働くほどの能力や意欲がない人たち」は労働の代わりにお金を受け取る仕組みが必要になる。

そのために、今言われている中では「ベーシックインカム」と呼ばれるアイデアが一番有力だ。生きるために最低限必要なお金を国が配る。
最低限生きるためのサービスを無料で受けられるようにするというアイデアもある。

というわけで、「決まりきった仕事」が仮に消滅しても、人類全体の生産性が爆上げし、富をうまいこと分配すれば、みんながちゃんと生きて行くこと自体は不可能ではない。

しかし、これには問題がある。労働は「生きるための糧」としてだけでなく「自己実現の場」としての側面も強く持ち合わせているからだ。

そうすると、人々は何で自分の価値を見出していくのだろう。3つあると思う。

一つはエンターテイメント分野だ。

昨今のユーチューバーは言うに及ばず、個人で簡単に何かを発信できる時代にあって、若い世代ではますますそれが当たり前のことになっていくはずだ。
僕らがスマートフォンやコンピュータを(年配の人に比べて)自在に操っているように、彼らはごく自然なこととして自分自身を発信していくのかもしれない。

もう一つは、ある種の高付加価値サービスだ。

エンターテイメントにも共通することだが、「人間が介在すること」に価値があるものは、代替することが難しい。高級寿司は板前さんがあの場所で、格好でにぎってくれるから価値がある。人間は、人間を評価したい面もある。「田中さんが握った寿司」自体がブランド化されると、仮に同じ味でも機械で置き換えることはできない。定量的に評価しづらい仕事ほど、そういう傾向があるだろう。

最後に、もう一つあると思っているのが、投資だ。

社会の発展は止まらない。しかし、発展させるためには資本が必要だ。
能力のない人間でも、資本で貢献し、リターンを得ることができるなら、そうなっていくだろう。

今は投資のようなものは、どちらかといえば「うさんくさい」部類に入る。あからさまに「虚業」という人もいる。

しかし、本来の投資は何も難しいことではない。世の中にないものが、新しく作られ、価値を生むことが予想されるなら、投資する価値がある。投資した側はその成果に応じてリターンを得る。
クラウドファンディングや通常の株式投資のようなものが、真に普及していくのはこれからなんじゃないか。

日本が伸びていなくても、東南アジアやアフリカで伸びている産業があれば、そこに投資すればいい。そうやって成熟した社会もリターンを得ながら、「働かなくても社会が回る仕組み」を構築していくことこそが、これからの未来に求められているのかもしれない。

そのための資本を持っている人と、持っていない人に分かれるという問題は依然としてあるが。

昨今のメディア系スタートアップに関する考察

自分がそういう環境にいるだけかもしれないが、近年「なんとかメディア」と呼称することのできるスタートアップの成果が目立つ。

数年前のmeryやiemoのDeNA社による買収やGunosyの上場、今年の「コンプレックスメディア」と類される「ハゲラボ」運営のゴロー社など、挙げればきりがないほど目立つ。

この「目立つ」という評価はかなり主観的なもので、それ以外の分野が成果を出していないわけもないが、俺は目立つと思う。とにかく目立つ。めっちゃ目立つ。

ということで、なぜ目立っているのかを考える。

インターネットサービスの成長に関して、グロースハック的な文脈で「AAARR」という考え方がある。

これはユーザーの行動を5つのステップに分けるシンプルな枠組みで、「Acquisition(ユーザー獲得)」「Activation(利用開始)」「Retention(継続)」「Referral(紹介)」「Revenue(収益の発生)」で左から右になんとかしてユーザーにたどり着いてもらいたいね、という考え方。

例えば、100人ユーザーを獲得したら、本当に利用を開始するのは10人で、そのうち5人が継続して使ってくれて、1人が紹介して次のユーザーを連れてきてくれ、1人が実際にお金を払う、みたいな感じ。

ここで問題になるのが、そもそも最初の「Acquisition(ユーザー獲得)」がなければそのプロダクトがどんなに良くても次のステップに進む数は確実にゼロだという現実だ。

とりあえず来てくれる人さえいれば、彼らの行動を分析することで次ステップに進んでくれる確率を定量的に分析しつつ高めることが可能だ。

しかし逆に言えば、誰も来てくれなければ次に進めようがない。プロダクトの改善をしようにも、そもそも誰もこない。とりあえずPRを打ってちょっと流入があっても、大した数じゃない上に繰り返し検証ができないので改善のしようがない。なんとなくこれがいいんじゃない、みたいな話しかできない。妄想でプロダクトを改善し、効果が上がらず、資金が減っていくという最悪のパターンにはまる。

ちょっと前まではここら辺の事情は違ったんじゃないかと思う。
いい検索エンジンがない時代やいいソーシャルネットワークサービスがない時代にいいサービスを作れば、使ってくれる人は山のように来たと想像する。

しかし、今のようにあらゆるジャンルで洗練されたサービスが増え、猫も杓子も「サービス作りたいです!」とか言ってる時代にあって、ユーザーが自ら進んで流れ込んでくるようなサービスはどんどん作りにくくなっているんじゃないかと思う(昔も簡単ではなかったはずだが、時間が進むにつれてサービスの数は増えるので相対的に競争率は上昇する)。

また、新規ユーザーを取ってくる方法は主に口コミ、自然検索、ネット広告(検索・SNS・メディアなど)などであるが、実は自然検索からの流入の方がサービスにとっての価値が大きい。費用が発生しないからというのはもちろんだが、効果が何日も繰り返し継続すること、そして「もともと興味がある人」しかやってこないのも良いところ。

最悪の場合でも、自分自身がトラフィックを生むことさえできれば、その先にプロダクトとして特別な価値がなくとも、収益化することもできる。

ということで、冒頭の問題「なんで最近メディア系スタートアップが目立つのか」に対する俺の考えは「それだけ最初のステップ(=ユーザ獲得)に対する競争率が高まっているから」ということ。

まずは話し相手を集め、その人たちに最適な機能なりサービスを付け加えていく。

サイバーエージェントがネット業界で珍しかった「営業力」を武器に事業を広げていったように、今後しばらくはメディアとしての「集客力」を武器に事業を垂直展開していく、という流れが一部で続くのではないかと思っている。