文章を書くことについてもっと真剣に考えたほうがいいと思った

最近、インターネット・サービスを作って提供したいと思っている。

実際にいくつか作って公開もしてみた。どれもプロトタイプレベルのものだけど。

しかし、これから継続して運用して、収益を生むほどのものに育て上げるためにはいろいろな要素が足りないなあと考えるに至った。

プロダクトを作ってユーザーに提供するには、プロダクトそのものがユーザーとの最大のコミュニケーション・インターフェースになる。

だが、本質的な意味でいうとプロダクト自体には集客能力はない。ソフトウェア・プロダクト自体はあくまでもソフトウェア、すなわちロジックを積み上げた工業製品に過ぎない。それに意味を与えるのは人であり、広めるのも人。あるいはメディアだったりするが、つまり「プロダクト周辺にある何か」が鍵になっていく。

そして、その具体的な媒体・通信プロトコルとしては実は「言葉」「写真または動画」のどちらかしかないということに気づいた。

ウェブ・マーケティングの中心手段であるSEOだって、結局のところ鍵となるのは文章であり、言葉だ。だからみんなせっせとキュレーション・メディアとかオーンドメディアとか言って山のように記事を作っているんだろう。

SEOは言うなれば検索エンジンという媒体に対するコミュニケーションだ。まず、Googleに評価してもらうことがプロダクトを見つけてもらうための周辺環境整備にとてもプラスになるのは当然だ。それにいい悪いもない。

まあしかし、考えてみればインターネットサービスにおいて文章が鍵になるというのは当たり前だ。そもそもインターネット自体が元々は文章(ドキュメント)をやり取りするための手段なのだ。それにプラスして、動画や写真、音声などもやり取りされるが、そういうものである以上、それらにどれだけ長けているかがサービスを提供する上で鍵となることは間違いない。

そして、当然だが、潜在ユーザーとのやり取りにおいても、言葉をいかに扱えるかというのはものすごく肝になる。そうでなければOGPで可愛い女の子を配置するみたいな苦肉の策しか使えないはずで、だけど理想的には言葉でもって「これはどういうことをするプロダクトで、どういう人にとって有用だからあなたは絶対に使うべき」と言うことを明確に伝えるのが一番なんじゃないか。

ということで、もっと文章を書くということについても真剣に取り組んでいけたらなあと思った。