日本にユニコーンは必要なのか

スタートアップ企業に携わる人間として、いわゆるユニコーン企業には当然憧れを覚える。

しかし日本では、メルカリがつい最近、大規模な資金調達をするまでユニコーンは存在していなかった。国別でみるとアメリカ、中国、インドを筆頭として10つほどの国でユニコーンが複数存在するのに、経済大国日本にはなぜ1社やっと現れたばかりなのか。

http://www.bloomberg.com/gadfly/articles/2016-03-04/japan-s-lonely-child?utm_source=CB+Insights+Newsletter&utm_campaign=d05d7967fb-FintechPulse_03_09_2016&utm_medium=email&utm_term=0_9dc0513989-d05d7967fb-86218165

上の記事ではその理由を「スタートアップが少ないこと」に求めている。確かにそうだと思う。しかし、じゃあ単純にもっと多くの若者がスタートアップにチャレンジすれば、日本はもっと多くのユニコーンを生み、長期的な経済成長につなげていくことができるのだろうか?

実は、そもそも日本社会全体としてそういうもの(ベンチャーやリスクテイキング)を必要としていないんじゃないだろうか?

この間、外国の人から面白い話を聞いた。「ニューヨークに来たアジア人のうち、韓国人や台湾人は長く住みつくのに、日本人はすぐ帰ってしまう」という。

その理由として、多くの日本人にとって日本社会は快適すぎる一方、海外文化になれる精神的なコストは大きい。そういう意味で、多くの日本人にとって海外に移住するメリットは存在しない。そういう話をした。

同じことが日本の経済界全体にも言えると思う。

日本国内だけで十分な市場があり、美味しい食べ物はあり、社会は比較的安全で、生きていくには困らない。若者にとってもリスクをとってチャレンジする必要性など基本的に存在しないのだ。

確かにこのままでは数十年後、この国が今の経済的水準を保っていけるかは怪しい。人口バランスを考えればゆっくり衰退していくのかもしれない。ただ、その解決策として「ベンチャーを増やす」というのが果たしてあっているのだろうか?やみくもにファッションでベンチャーに取り組む人が増えても、あまりいい結果につながらないのではないか?

それよりも、今この国が抱える課題を一人一人がベストな方法で解決していこうとする姿勢が大切なのではないか。多くの問題に直面しているということこそが、日本の特異的な性質だ。

システム開発では「変える必要のない場合には、変えないほうがいい」という一面がある。問題に直面することこそが革新を生むために必要なことなのだ。

結論としては、より多くのベンチャーがおこされることにつながる気はするが、そこの順番は大切なような気がする。