人間の「重要でありたい」という渇望

「人を動かす」第2章によれば、人間の最も大きな社会的渇望は「重要でありたい」という思いであるらしい。

この渇望こそが、さして育ちがよくもない人間が一生懸命に学ぼうとしたり、逆に少年少女が非行に走る大きな要因だそうだ。

すでに大金持ちになった起業家たちが誰より一生懸命に働き続けるのも、旦那に相手にされなくて不倫に走る昼顔妻も、これが原因とすればなんとなく説明はつきそうだ。

そういえば「自分は透明だ」とかなんとか言ってた犯罪の人とかいたな。それも、要するにそういう気持ちが原因なのかもしれない。この間起きたパリでのテロ事件とか、9.11とかもこの気持ちが原因だったりするのだろうか。

この本においては「だから他者を重要な存在として扱うことが重要なんだ」という結論で終わりだが、どうなれば人は自分を重要だと思えるんだろう。

一つは仕事だろう。間違いなく。仕事で自分なりに高いパフォーマンスを発揮していれば、人は充実した生活を味わうことができると思う。これはとてもシンプルで、要するに自分さえ頑張ればいい。もちろん分野によっては素質とか、環境とか体の調子とか色々あるけど、本人が頑張れるのであれば問題は簡単なように思える。

逆に仕事以外だと何があるんだろう。家庭や友達といった濃密な人間関係はそれになるだろう。そこらへんの大学生とかそれだけで十分満たされてそうだ。でも他はよく分からないな。テロに走る人の気持ちとか。

ただ、歴史のこととかを見てると、いわゆる「正義感」とテロみたいな過激な行動は関係がありそうだ。どんなテロリストも自分が正義だと思ってやっていると考えると理屈としては筋が通る。

そうすると結論はシンプルでありきたりだけど、いわゆる「正義」以外のことから「自分の重要さ」を感じられるような世の中になればいいんだな。そしてそれは結局、他者に必要とされる仕事と、身近な人間関係だ。